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→評論、エッセイ、雑文

中村安伸の評論、エッセイ、雑文等をご紹介いたします。

→紅梅と白梅と

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紅梅と白梅と−一句体験、金子兜太「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」−(2005)
→「夢座」

 −1−
 いつまで泳げば水面に浮かび上がることができるのだろう。
 浮かび上がろうとしているのか、沈んでゆこうとしているのか、それすらわからない暗闇の中、手足をやたらと動かしている。 かなたに光の予感のようなものを認め、その方向へ一直線に進んだ。
自分がこんなに水に馴染み、夜に馴染み、すさまじいスピードで泳ぐことが出来るなんて……。

 周囲がどんどん明るさを増してゆき、ついに真昼のような光につつまれて水面に浮かび上がった瞬間、わたしのカラダは太陽に突き刺さり、溶け落ちてしまった。
 目が覚めると、春の夜はまだ明けきらず、障子を開けるとひろがる景は、血を抜かれ、青ざめている。 空気はまだ固体の肌触りを保っている。
 やがて昼が近づくとあらゆる生命の奥のほうがむず痒くなってゆくのであろう。

 庭の紅梅と白梅は満開となっている。

 陽に照らされはじめた紅梅の花弁は千代紙で出来ているが、まだくらがりにあるそれは血を含んだ獣肉である。
 白梅はまだ全体が薄暗さのなかにあり、その花弁は青く発光する貝殻である。

 わたしは地上のわずかな部分を区切って自分の所有とした。

 そして囲いの向こうにひろがる山河や街を借景とした。

 梅や松や、いろいろな落葉樹が植えられた地面に目をやると、そこには液状の闇が、先ほどまでわたしが溺れていた海が、まだくろぐろと残っている。
 そのなかには、木々の間を縫うように、時にすばやく、ときには悠然と多くの青鮫が泳ぎまわっているのが見える。

 空が明るくなるにつれて、海はその水位を下げてゆく。

 干潟のように、いくつもの水たまりが庭じゅうに取り残され、青鮫はのたうちながらどこかへ逃れようとするが、海の外へ出ることはできない。

 水たまりは次々に消えてゆく。

 かつて青鮫だった生き物は、環境の変化に適応しようと、めまぐるしくその姿を変えてゆく。
 陸にあがるための四肢とするつもりなのか、その腹から肉塊をはみ出させているものがいる。 またあるものは、空に逃れるための翼にしようとでもいうのか、その鰭を大きく広げようとしている。

 しかしながらもうすっかり太陽はその姿をあらわし、庭じゅうを照らしはじた。彼等の試みが成功するよりも前に、海は消えてしまい。奇妙な姿をした生き物たちは、溶け合うようにして、ひとつの塊となり、やがて消えてしまった。

 −2−
 右の小文は、句集『遊牧集』(昭和五十六年、蒼土舎)におさめられた金子兜太の作品「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」のパラフレーズのようなものである。もちろん、ひとつの作品を別のもので置き換えることが可能であるとは思っていない。これは、句から受け取ったものをきっかけに、私なりの作品を創出しようとしたものであり、一句を読むという体験によって生み出された副産物である。
 これから、この文を、作者である私自らが解釈するのであるが、それはきわめて無粋なことかもしれない。だが、私の本来の目的は作品を創ることにはなく、あくまでも「梅咲いて」の一句を体験しつくすことにある。この文を媒介とすることによって、句の深部に近づくことができればと考えている。
 さて「梅咲いて」の句が人口に膾炙している理由は、陸地を泳ぐ鮫という奇想天外なイメージが、なぜか力強く伝達されるところにあるのだと思う。句全体を見渡してみると「梅」という字形と音が「海」を連想させること、そこに「青鮫」が導かれていることにまず気づかされる。私はこの句の表面には登場しない「海」を中心に文をまとめようとした。原句と文を比較してみると「海」が登場しないことこそがこの句の力強さにつながっていることがよくわかる。
 次に、原句がその舞台を「庭」としていることは重要である。陸地に鮫がいるという超現実的な状況が説得力を持つために、庭という、周囲から隔離された人工的空間を設定したのは有効である。一方、このために句のスケールが小さくなってしまったことも否定できない。文では「借景」を導入することにより、庭を閉鎖された空間とするのでなく、外部世界との接続を保持したものとして、あるいは、開放されていながら相対的に閉じられているような空間として位置づけようとしている。しかし、原句の庭にも実は風穴が開けられているのである。それは「来ている」という表現であり、鮫がどこかからやってきたこと、すなわち外部の存在が暗示されている。
 また、この「来ている」というフレーズからは、鮫のよく知られた習性を思い起こすことができるだろう。すなわち、この軟骨魚類は、動物の血の匂いを遠方から感知し、食料を求めてそこへ集まってくるという。そして、句中の青鮫は「梅咲いて」という前提があって「来ている」のだ。
 そこで気になるのが、この「梅」が紅梅であるか、白梅であるかということである。血の匂いを嗅いであつまってくる青鮫であるから、血の色の紅梅がそれにふさわしいと、まずは思われるのである。
 私が文中に紅梅と白梅をともに登場させているのは、血なまぐさいイメージが際立つことを嫌ったのかもしれないし、シンメトリックな様式美を狙っただけかもしれない。確かであると思われるのは、紅梅と白梅が、それぞれ地上的なものと天上的なものという、二つの対立する概念への志向を象徴しているということである。そして、これら二つの志向によって引き裂かれていないものを、芸術作品と呼ぶことはできないのである。
 私は原句と無関係に白梅を登場させたわけではない。この句にかくされた天上的な契機を読み取ることもできるのである。 ヒントになったのは、句の成立にまつわる一つの伝説である。つまり、この句はもと「庭中が青ざめている」というものであったらしい。(私はこのことをある俳人から聞いたのであるが、正確なところをご存知の方がいれば、ご教示願いたい。また、句をテキストそのもの以外の補完的資料から読みとくことについての是非は、ここでは論じないこととする。)
 私が文中で夜明け前の時間帯を示したのは「青ざめている」という表現から発想したものである。そして、兜太がこの句においていったんは「青ざめている」と表現した、春の早朝の引き締まった空気のうちに、白梅に象徴される天上的志向が胚胎されていることは確かである。天上的志向とは、肉体を捨てることであり、血を抜かれることなのである。
 しかしながら、句に書かれた「青鮫」という言葉から、逆に「青ざめている」という表現を取り出すことは簡単なことではない。作句の過程で「あおざめ」という音から「青鮫」への飛躍が発生したとき「青ざめている」というフレーズはどこかに閉じ込められ、鍵をかけられてしまった。このような作句にまつわる種明かしが流布しているということ自体がその証拠である。作者の意図がどの程度はたらいているのかは不明だが、噂話そのものが、いわば公開された鍵として流通しているのであろう。
 「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」この句の中には、「紅梅」と「白梅」によって代表されるような対立関係を無限に発見することができる。植物と動物、光と闇、庭と海、肉体と精神、美と醜、季語と詩語……。
 すべての二項対立の図式が、句という立体的なかたまりの中にとりこまれることによって、相対化され、溶け合ってゆく。
 そして私は思い出す……。
 かつて青鮫だった者たちは、ひとつのかたまりになってしまう直前、人間の顔をしていた。そして、そのうちの一つはまぎれもなく私自身だったのである。

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私自身のための羅針盤(2004)
→「夢座」

 俳句を作ることが、俳句という街にひとつの家を建てることであるとすると、俳句を読むことは、街じゅうを散歩してまわることである。ならば、俳句について論じることは、俳句という街の地図を書くということだろう。今回は自分の地図を書きはじめる前の準備として、羅針盤にあたるものを作ってみたいと思う。つまり、俳句とは何か、その土台となるものを考えていこうということである。
 俳句をその土台から考えてみようとすると、私の脳裏に浮かぶのは、かつて三人の友人が問いかけてきた言葉である。俳句に関しては全くの素人か、初心者であった彼等の言葉を繰り返し反芻することこそが、私にとって俳句を考えることだったのかもしれない。
 ところで、俳人の多くは、知らず知らずのうちに俳句の存在意義を自明のものとしてしまい、彼らのように素朴に、俳句を根こそぎ疑うことが難しくなっているのではないだろうか。そう思うと、彼らがつきつけてくれた問いは、シンプルだがとても貴重なものなのである。これから、三つの問いを順に思い出しながら、私自身のための羅針盤を組み立ててゆきたいと思う。

1.
 一人めの友人は次のように問いかけた。 「どうして俳句なんですか?俳句にはいろいろと制限がありますよね。もっと長くて自由なものを書いたほうが、いろいろと面白いことが出来るし、言いたいことも言えるのに……」  彼は私が大学時代に所属していた歌舞伎研究会の後輩で、俳句に関わったことはないが、文学や漫画などに幅広く興味を持っているようだった。当時俳句にのめりこみはじめていた私は、句会の楽しさなどを夢中で語っていたのだと思う。はじめのうち興味深そうに聞いていた彼だったが、だんだん怪訝そうな表情となり、心に浮かんだ疑問を抑えることができなくなったというように、この問いを私にぶつけてきた。そのとき私は、やや狼狽してしまい、彼を納得させるような反論をすることは出来なかった。
 俳句は短いものだから価値が低いのではないか、この問いにはそういう意図があったと思う。誰もが抱いても不思議のない疑問であるかもしれない。しかし、俳句の本質の中で最も重要なものはその「短さ」である(と私は思っている)以上、この問いは俳句の存在意義そのものを揺るがすものである。
 もちろん当時の私も、俳句にはその短さによってしか成立しない表現があり、短くても、否、むしろ短いからこそ高い価値を持つと信じていた。ただ、その思いを彼に伝えるための言葉を持っていなかったのである。
 俳句は詩であり、それ以前に「文」である。ここでは「文」について、出来るだけ図式的に考えてみようと思う。文とは「伝達のために語を連結させたもの」と理解することができる。その上で文の「価値」とは何かを考える必要があるのだが、ここでは単純に「量」×「質」=「価値」という式を設定しておくことにする。「質」は作品個別に論じるべき問題であるため、ここではもっぱら「量」について考えてみたい。そもそも文の「量」とは、一般に考えられているように、文字数、あるいは文に使われている「語」の数によって量ることができるものなのだろうか。長い文が短い文に量において勝るという常識そのものを疑ってみたいのである。
 たとえば「犬」という語は、犬という動物そのものを直接的に指すにとどまらない。飼い犬の従順な性格、またそこから連想される「権力の犬」といった比喩、鋭い嗅覚などの身体的特徴、犬にまつわる故事や、テレビや漫画で見た犬などを思い浮かべる人もいるだろう。他にも、自分が実際に飼っていた犬、犬に関わる個人的な出来事など、人それぞれに異なる連想もある。こうした連想のすべてを含めると、一つの語が指示するものの範囲は、その広さにおいて長文をはるかに凌駕するのである。
 一方、犬という一つの語のみで、不特定多数の受け手に対して、同じ内容を確実に伝えることが難しいのも事実だ。そこで、たとえば「小型の」、「乱暴な」などの修飾語を接続することによって、指示するものの範囲を狭めながら伝達の正確性を増すことができる。
 語が指示するもの、すなわちあらゆる連想を含めた内容のことを、ここでは「指示対象」と呼ぶことにする。一方、どれだけ多くの人にどれだけ正確に、同じ内容を伝えることができるか、その能力についての指標を「伝達力」と呼ぶ。すると上記の例からわかるとおり、「文」が長ければ長いほど、「指示対象」の範囲は狭くなり「伝達力」は増すことになる。そして「指示対象」の範囲の広さは「伝達力」の強さに反比例するとも言える。さらに「指示対象」×「伝達力」=「量」という式を仮定すると、あらゆる文の量は等しいという言い方も成り立つのである。したがって、俳句は短いからといって、必ずしもその量が少ないというわけではない。また、俳句はあらゆる文芸の様式の中で、特に「指示対象」が広く「伝達力」の弱いものだということになる。
 このことを別の角度から述べると、伝達力とは、電球などの光源から放射状に発せられる光のようなものであり、この光の届く空間すべてが指示対象の範囲にあたる。光源に近い部分の光は強く、犬なら犬の実体や、直接的な印象はより強く伝達される。一方、光源から離れると光は拡散して弱まってしまうように、間接的な連想などは伝達されにくいのである。そして、複数の語を組み合わせて文を作ることは、それぞれの語の持つ伝達力の光を組み合わせて、表現したい指示対象を浮かび上がらせようとすることである。
 たとえば二つの語を並列させたとき、二つの光源を配置したときのように、光が重なり合う部分は存在感を強められるが、それ以外の部分は相対的に弱められて、作り手も受け手も多くはこれを無視するのである。逆に言えば、俳句のように文が短く、語の数が少ないということは、伝達力の強まる度合いが少ないかわりに、薄められる度合いも少ないということである。
 文芸の様式を特徴づけるのは、この伝達力の扱い方の違いなのかもしれない。たとえば散文は、濃い光を正確に直接的に当てることによって、表現したい指示対象を輪郭までくっきりと照らし出すものであり、俳句は、間接的な薄い光を活かすことによって、全体的に広がりを持った像をつくり出す装置なのだ。
 また、次のように言うこともできる。伝達力の光が最も強く当てられた部分をたどってゆくことこそが、文の「意味」を読み取ることなのである。したがって、文の「意味」とは「内容」すなわち指示対象の全てではなく、ほんの一部に過ぎないのである。

2.
 二人目の友人は、私がホームページに掲載した俳句作品について、掲示板に次のような感想を書き込んでくれた。 「この作品は一行、一行を読むのですか?それとも全部続いているのですか?」 彼は私が勤務するコンピュータ会社の後輩であり、特に文学等に関心のある人ではない。私は即座に「これは俳句だから、一行ずつ読んでもらえるとありがたい」というふうに答えた。
 ところで、私の俳句作品は非常に難解と思われているらしいが、それも当然かもしれない。作品を「解る」ということが、作品から解答を導き出すということであるなら、そのような理解のされかたを拒絶したいと思っているからである。これについては後ほど詳しく述べるが、俳句作品を一つのかたまり、ひとつの装置として存在させ、読者に何らかの作用をもたらすことが出来ればよいと思っている。だからこそ、一行が一句であり、一つの作品であるという前提が崩されてしまっては困るのだ。
 しかし、今思えば、いくら門外漢だとは言え、彼も俳句作品の多くが一行に書かれることは知っていたはずだ。彼がとまどったのは、数十句の作品がまとめられ、それに表題がつけられていたことに対してであったかもしれない。彼の問いは、これらの俳句の集まりを、連作のようにひとかたまりの作品として読むのか、そうではなく一句を完全に独立したものとして読むべきかという疑問であったのかもしれない。
 俳句の場合は、一般的に一句が独立したひとつの作品だととらえられているが、実際には、作品を分割する境界には複数の層があり、階層構造をかたちづくっている。俳句の場合、「句」という単位を最小とし、その上位に「連作」あるいは句集の中の「章」という単位がある。さらに上位には「句集」という単位がある。この階層構造は可視的なものであり、読者の意識にも同じ階層が作られるのである。すなわち、読者が俳句作品を読むときには、ある句集を読んでいるという意識、ある連作を読んでいる意識を同時に持ちつつも、ある一句を読んでいるという意識を最も強くもちながら読んでゆくことになる。作者も同様に、章、句集のそれぞれのレベルにおいて、連続した意識の層を持ちながら作品を構成してゆくのであるが、その基本となるのは、やはり「句」という単位なのである。
 その他の文芸にも同様の構造があるが、俳句の特徴を考えてみるために、ここでは比較対象として自由詩をとりあげてみる。俳句の場合と自由詩の場合とでは、大きな違いが二つある。ひとつは俳句には表題が無いことである。一部の句には前書きがあって、表題に近い役割を果たす場合もあるが、例外的なものと考える。もう一つは、俳句は多くの場合一句が一行に表記されるということであり、これは俳句の本質に深く関わってくる特徴である。
 さきほど述べた階層構造において、最小の単位を俳句の場合はひとつの「句」とした。自由詩の場合、それに対応するのは、ひとつの「詩作品」ということになる。ここで、さらに下位の階層として「行」を考えてみると、俳句と自由詩の違いをとらえやすくなるであろう。いうまでもなく、俳句の場合は行と句が一致している。
 読者が作品を読むとき、縦書きの場合、視点を上から下へと移動させる。すなわち、行を末尾まで読み終えたら、視点を先頭に戻すことになる。このとき、自由詩の場合、一つの詩を読んでいるという意識を保ったまま、次の行へと移動してゆくことが可能である。一方、俳句の場合は、一つの句を読んでいる意識を保ちつつ行を読み終えたとき、視点は次の行へは移らず、同じ行の先頭に戻ることになる。視点を上下に移動させるという行為は、ほとんど無意識に近いレベルで、いわば自動的に行われるものであるが、ひとつの作品から次の作品に移行するためには、ある程度意識的な判断が必要となる。俳句の場合、この判断を下すまでは、一行の中で繰り返し視点を上下に移動させることになるのである。
 そのため、一句が文として不完全なかたちで中断しているように見える場合でも、実は、句の末尾が先頭に接続することによって、環状の構造をもった文として存在していることがある。これを俳句の円環構造と呼んでみる。このような構造をもった俳句は、一句がひとつの小宇宙を形成しているかのような独立性を持つのである。
 また、改行とは、作品の中で時間の経過や空間の移動を表現するための、最も有効な物理的仕掛けであるのだが、一般的に俳句ではこれを使用しない。俳句では、視点の一回の移動で一句の全体が把握できるという点で、言葉が同時的に現前すると言われる。しかし、同じく一行に表記されることの多い短歌の場合は、一行を読み終えて先頭に戻ったり、同時に全体を把握できるという感覚がない。これは、もちろん長さの差である。
 短歌の場合、一行の中で読み取りの動作を二回行うように感じられる。一首を読むうちに息継ぎが一回入るのである。これは人間が一度に処理できる語の量の問題であろうと思われる。俳句の外見的特長は、一行に表記されること、そして一度の読み取りで全体が把握できる長さであることの二つなのである。
 ここで「多行俳句」について触れないわけにはいかないだろう。高柳重信が創始したといわれる四行ないし三行の俳句を「多行俳句」と呼び、そのスタイルを継承している俳人も多くはないが存在している。またそのバリエーションとして、文字の配列じたいが記号や図となるようにする「カリグラム俳句」というものもある。これらの作品は、一行が一句という俳句の外見的特徴を備えていない。だからといって私は、これらの作品が俳句であることを否定しない。俳句として作られ、俳句として発表された作品は、やはり俳句として読まれるべきだと思うからである。作者が責任をもって「これは俳句である。」とするとき、俳句という文芸様式が変化し、成長してゆく歴史の最後尾にその作品を置くことになるのだと思う。俳句の本質は、最終的にはあらゆる俳句作品の総体として認識するほかにない。外見的特徴を本質と混同してはいけないのである。
 別の見方をすると、多行俳句とは、読者がこれを俳句として読むことを逆手にとり、改行による時間、空間の切り替え効果を最大限に活かそうとする試みであるのかもしれない。俳句が一行のものであるという常識が無ければ多行俳句は存在しないのである。

3.
 三人目の友人は小学生の頃から、長く親密なつきあいをしている仲間で、高校時代にはともにロックバンドをやっていたこともあった。彼は一時期私に誘われ、句会に投句をしていたことがあったのだが、数ヶ月ほどして俳句を一切やめると言い出した。熱心に投句をしているようだったので、意外に思って理由を尋ねると、以下のように話してくれた。
 句会で読んだ先輩俳人の句に魅力を感じた彼は、親しい友人にそれを見せて感想を求めた。すると「これがどういう意味かまったくわからないし、なにが面白いのか全然わからない。」という答えが返ってきたという。そして、彼はこう言った。 「僕は誰にでもわかってもらえる、誰もが楽しんでくれることをやってゆきたい。だから俳句はやめる。」
 これを聞いて寂しく感じたのも事実だが、彼が真剣に考えた結果として、俳句から遠ざかることを決意したことについては、むしろその潔さを賞賛したい気持ちであった。
 もちろん私自身の俳句を続けてゆこうという気持ちが、これによってゆらぐことはなかった。世間に俳句を全く理解しない人が存在するのだとしてもである。
 先に述べたように、俳句は指示対象が広いかわりに、伝達力に乏しい文芸ジャンルである。したがって読者が俳句作品を読んだときに、そこから作者が意図したものを受け取ることは簡単なことではないのかもしれない。読者の側に何かを受け取ろうという気持ちがなければ、往々にして俳句は意味不明な語の羅列となってしまう。特に、高度な俳句作品に張り巡らされた様々なテキストの網の目を伝って、作品の持つポテンシャルを最大限に引き出すことの出来る読者は稀であろう。
 多く人々が高いレベルの俳句を享受する能力を欠いているのだとしても、読者のレベルにあわせたものを書いていて良いということにはならない。それならば俳句というジャンルを選択せず、もっと高い伝達力を得ることの出来るジャンルを選ぶべきだ。
 しかし、俳句を享受するためのハードルというのはそれほど高いものなのだろうか。むしろ、気持ちを少し切り替えるだけで、一般に難解とされる句を楽しむことが出来るのではないだろうか。あるいは、既に何かを受け取っているにもかかわらず、そのことを認めようとしない人が多いのではないだろうか。
 彼が友人に紹介したという俳句作品を検討してみると、文意に不明瞭なところはないし、文法的にも俳句独特のものが使われているところはない。ただし、内容としては全くナンセンスなもので、そこから何らかの「解答」を求めても袋小路に入るだけであろうと思われた。
 先にも触れたが、俳句を解ろうとする態度、すなわち、俳句から解答を得ようとする態度とは、別の角度からいえば、俳句を読むことによって受け取ったものを、自分にとって既知のものに置き換えようとすることである。あるいは、作品を他の言葉に言い換えようとすることである。
 もちろん、俳句作品が表現している内容、すなわち指示対象の全体を、他の言葉で置き換えることはできない。また、そうでなければわざわざ作品として製作する必要はないであろう。
 俳句に限らず、どのような芸術作品であっても、他の言葉によってすっかりおきかえることのできるものはない。受け手にとって未知の領域が表現されているものこそが価値のある作品なのである。既知のことがらを足がかりにして、未知のものに触れようというアプローチそのものは有効である。しかし、既知のものを導き出すことを目的にしてしまっては本末転倒であろう。また、どうしても解答を導き出せないような作品に出くわしたとしても、それを読むことで、自分の内部のもやもやとした未知の領域に触れてくる感覚をもてたなら、読者は充分にその作品を享受し、楽しんだことになるのである。
 そして、作品の第一の読者は言うまでもなく作者自身である。私の場合、作品を作ることによって、自分自身の内部にある未知の部分を少しでも照らし出すことができれば、それだけで充分満足なのである。もちろん、そのことを他の誰かと共有できたなら、その喜びは計り知れないものとなる。

 あらゆる作品は、人の内部現実を照らし出すための装置である。伝達力の光線をどのように織り上げれば、どのように人の内部に散在する指示対象を照らし出すことが出来るのか。それぞれの語のもつ特質を吟味し、どのように構成すればどのような働きをするのか。それを具体的に検討してゆくことこそ、俳句を論じるということである。そこには、音律、切れ、季などの技法に関する問題はもちろん、個々の俳句作品や句集、俳人の評価など、先にこの文の検討課題から外しておいた、俳句の「質」の問題が含まれてくる。
こうして、ようやく俳句を論じることの入り口にたどりついたところで、この文の役目は終わることになる。ひとまず、現時点における私自身のための羅針盤は以上のようなものであり、今後これを携えて、俳句という街の地図を書きはじめることにしたい。
 もちろんこの羅針盤は決して完成品ではなく、使っているうちに多くの欠陥が見つかるだろう。まだまだ多くの検討課題が残されていることは明らかだし、ここでおおまかに考察したテーマを、ひとつひとつさらに深く掘り下げてみることも必要である。  いつの日か、新しく作り直した羅針盤を発表する機会があるとしたら、それがより精度の高いものとなるよう、俳句を書き、読み、論じることをバランス良く自分に課してゆきたいと思っている。

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句集別五句選(5)夏石番矢『神々のフーガ』(1998/09/13)
→Nifty Serve「俳句フォーラム」

 夢に見よ身長十億光年の影姫

 月光を堪え忍ぶ山ここへ来い

 枯木林でBIG EGGを包むなよ

 南の大魚の夢に入りて叫びたし

 花嫁が山を川にしようと唄う


 90年代に入ってすぐに刊行されたこの句集ですが、難解に感じられた前作『真空律』の反動なのか、伝達力のある句が揃っているように思います。また、それぞれの句にバ ランスと力強さがあって、なかなか楽しめました。
 番矢さんの句集は、それぞれの内容なり形式なりが、何らかのテーマをもっているのですが、この句集の場合は「神々」とくに『記紀』の世界がそれであるようです。
 今回選んだなかでは、一句めが特にそのような世界をふまえているようです。
なかでもこの句はスケールの大きさ、句姿のうつくしさなど、どれをとっても番矢さんの最高傑作のひとつに数えられるのではないでしょうか。
 五句にはとりあげませんでしたが、「イザナミの流し目強き日必ず雪降る」「月を出す大国主の皿のふち」など直接『記紀』の神々を詠み込んだ句もあります。
二句めはとても好きな句で、やはり神話的な世界を感じさせるものですが、山のも っている宿命の根本を掴みながら、それを慰撫するような視線を感じます。
 三句めのように、現代的な語彙をまぎれこませているところも、暴れ馬を乗りこなすような、番矢さんならではの諧謔といえるでしょう。他に「風速の故郷に小錦を飾る」という句もよかったです。
 四句目の荘子みたいな世界も好きです。そして「叫びたし」という言いまわしが頭からはなれなくなってしまったものでした。
 五句目は一見おとなしい句ですが、ちょっと『遠野物語』を思わせるような深みのある句だと思います。
『記紀』『遠野物語』といえば、吉本隆明『共同幻想論』を連想しますね

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句集別五句選(4)夏石番矢『真空律』(1998/09/01)
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 緬甸ノ竪琴 満腔ノ愛ハ砒素カ
 
(ビルマノタテゴトマンカウノアイハヒソカ)

 追ヒ来タル蒼白ノ君ヘチワワヲ放ツ
 
(オヒキタルサウハクノキミヘチワワヲハナツ)

 天網不可触 簡易便所ヘ横殴リノ雨
 
(テンマウフカシヨクカンイベンジヨヘヨコナグリノアメ)

 鼎ノ中デ潮招キラガ青春スルゾ
 
(カナヘノナカデシホマネキラガセイシユンスルゾ)

 黥ハ犬ト犬トノ和解ヲ記念ス
 
(イレズミハイヌトイヌトノワカイヲキネンス)

 「もののふの会」という句会に参加し始めた頃に読んだ『現代俳句キーワード辞典』が、僕にとって「現代俳句」との出会いになったのですが、その中で編者である 番矢さん自身が、この『真空律』の句を多くとりあげておられたのでした。
 というわけで、この句集には僕に新鮮な衝撃を与えた句が多く含まれてます。
「天網不可触」「黥ハ」の二句はその頃出会った句で、残りは最近句集を入手してから読んだ句です。
 1986年に出たこの句集は、『メトロポリティック』と並行して書かれた作品がほと んどです。僕が揚げた五句からもわかるとおり、漢字が多く、仮名にはカタカナを用 いて「勅語」を模倣するという文体上の試みがなされています。
 おそらく、俳壇一般の番矢さんの作品に対するイメージは、この句集により決定付けられたのではないでしょうか。
 表記そのものがひとつのイメージを作り出すためでしょうか、難解であったり、イメージが分散してしまう句も少なくないのですが「追ヒ来タル」や「鼎ノ中デ」のよ うに、表記がもつ硬質(皇室?)なイメージと、内容の諧謔性とのギャップで成功した句もあります。「緬甸ノ竪琴」のように人口に膾炙した題目などを、一句にとりいれたものもかなりありました。その中でこの句は後半部の妖しい雰囲気が効果的で良かったです。 「天網不可触」と「黥ハ」の二句は、以前から文句なく好きな句です。これらの句は、とくにこの文体でなくても、一句独自の世界観が提出されているのではないでしょうか。

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句集別五句選(3)田中裕明『櫻姫譚』(1998/07/26)
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 遠ければ女人とおもふ桐の花

 水涸れて思ひもかけぬ繪にあひぬ

 蔓のびてゐたるところの夜は長し

 牡丹は最もおそく揺るるもの

 如月の大礼服といふを着る


 田中裕明氏は、この句集に附された略歴によると、昭和34(1959)年生まれ、昭和52 (1977)年に波多野爽波に師事したということです。そして『櫻姫譚』は『山信』『花 間一壷』に続く第三句集で、平成4(1992)年にふらんす堂から発行されたものです。
 「俳壇の貴公子」と呼ばれるだけあって、実に端正な伝統俳句の外見を持った作品 群だと思います。岸本尚毅、長谷川櫂、小沢實といった人々に比較されることが多い のではないかと思いますが、中でも同門の岸本尚毅に似ているのは、独特の美意識に よって言葉が巧みに選ばれている点です。ただ、工芸品のように確かな印象をもった 映像をつくる岸本尚毅の職人テイストな作品に対して、田中裕明の作品はしばしば幻 想的で、曖昧な輪郭をもった句が多いように思いました。
 僕が選んだ句は、結果として一句一章のものが多くなりました。 いづれの句も、幻想的な主観や古典的な美意識が前面に押し出されていると思います。
 この種の句は決して読み慣れてないとは言えないのですが、選句ということになる とあまり経験がなく、戸惑いを感じないわけではなかったです。
 結局は好き嫌いで選ばせていただきました。

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句集別五句選(2)夏石番矢『メトロポリティック』(1998/07/13)
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 劫初は夏石番矢なりける深紅の花を召しませ

 てのひらがこひに星を飼ふなり海潮音

 雲は形代 翼よあれがパリの火だ

 大空や鋏の音はJesus-Christ-Christ

 think tankに十万ボルトの瞳の天使


 この句集は昭和60年に出版されたもので、夏石さんはちょうど三十歳、脂の乗り きった時期のまばゆい作品166句がおさめられています。
 あとがきで夏石さんは次 のように書いています。 「たった一人のまつりごとを、私のポエティックかつポリティックと呼んでみようか。 魂の祝祭ほとんど消えた現代日本においては、文学にしろ政治にしろ、底割れのした 他者をマッスとして操ろうとするばかりではないだろうか。夏石番矢は、異形の他者 を招来しようとしてせりあがった虚空の祭壇でありたい。」

 選句のポリシーは基本的に前回と同じです。 「未来より滝を吹き割る風来る」「千年の留守に瀑布を掛けておく」といった人口に 膾炙している作品についてはあえて外しました。
 この句集は僕が句会に行き始めた頃、先輩俳人に貰いました。そして冒頭の「唯名 論のあさぼらけ」という一連の作品を読んで、その強烈なインパクトに完全にノック アウトされ、夏石番矢の熱狂的な支持者となったのでした。ちなみに一句めはその「唯名論のあさぼらけ」から選んだものです。ここにはこのような自分の名前を詠み込んだ句が連なっています。
 第一句集である『猟常記』と読み比べると、青年期の不安定さや倦怠感は後退し 「劫初は・・・」の句にみられるようなグロテスクなまでの自己主張、どの句にも見 られる雄渾な宇宙志向、みずからを創造主になぞらえる気力の漲りが、強烈に伝わっ てきます。
 そうはいっても孤独感や空虚感は、裏返されてはいるものの色濃く残っているとも 思うのです。

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句集別五句選(1)夏石番矢『猟常記』(1998/06/28)
→Nifty Serve「俳句フォーラム」

 鶴を閉ぢこめ塔(あららぎ)青み青みゆく

 さかだちをやめれば黴の花の中

 海離れしたるわれらを喰ふなかれ

 蒼き胸乳(むなぢ)へ蒼き唇麦の秋

 花食ふ我へ大白牛車(だいびやくぎつしや)来たりけり


 この句集が世に出たのは1983年、夏石さんが28歳のときでした。
最初の一句が1970 年に作られ、後は1974年から1982年までに作られた句であり、かなり長期間にわたる 作品をまとめたものです。それだけにいろんな傾向の俳句がありますが、全体的には、 いかにも現代俳句っぽい語彙と文体を持った句が多く、しかしその中には夏石さんら しい暴力的なところや、力強い上昇志向なども強くあらわれており、なかなか面白い 句集だと思います。
 この句集は秀句が多く、五句にしぼるというのはなかなか困難な作業でした。また 明日ふたたび選句をしたら、まったく違う五句を選ぶのではないか、という気がしま す。
 今回僕が選んだ句は比較的地味なものが多いのですが、ひとつには多くの人が選び そうな有名な句は、意識して選ばないようにしたことがあります。またできるだけ、 今まであまり気にならなくて、今回読んでみて新たに気になった句を選びたいと思っ たこともあるでしょう。
 ちなみにこの句集は、砂子屋書房の現代俳人文庫『夏石番矢句集』に全編が収録さ れています。高柳重信による異色の跋文も収録されています。

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「こしのゆみこ作品私見」(1997)
→「海程」

 最初は何気ない顔をしていたこしのさんの作品たちは、何度か繰返して読むうちに意外に複雑な内面を見せはじめた。

 昼寝する父に睫毛のありにけり

 姉家族白鳥家族食べてばかり

 ひよこ売りについてゆきたいあたたかい

 こしのさんの作品に多く登場する父母や姉弟などの血縁者は、あたたかく注意深く見守られている。また、「少年」や「ひよこ売り」などの人々にも、「白鳥」のような動物や「桔梗」などの植物にも家族のイメージが重ねあわせられ、同じ視線が注がれる。そこに身近な人々への愛情から出発した世界が、ほのぼのとひろがるのを感じる。
 それだけではあまりにも単純になるところだが、どことなくグロテスクな異物を含んでいるのが、これらの作品の特徴であり魅力でもある。父の「睫毛」の不似合いさがそうであるし、「食べてばかり」にちょっとした偏執性を感じることもできる。そして「ひよこ売り」自体、表面的な印象とはうらはらの残虐性を含んでいるものだ。

 小鳥屋をのぞく父たち帰るかな

 おとうとはどこか天道虫くっつけて

 あさがおのあの口あいて家族眠る

 これらも家族を登場させている。「帰る」ことの安心感、「天道虫くっつけて」いることの安心感。そして同じ「あ」でも「あさがお」の「あ」は朝が必ず来ることを保証してくれているようである。このように説得力のある安心感にはなかなかお目にかかれないものだ。こしのさんの句の多くは、身近な物を確かに見据える強さを持っている。それが場合によっては、日記のように平凡なものになってしまうことがあるのは避けられない。
 それに対して、私が最も惹かれるのは次のような一連の句である。

 花合歓に天衣無縫のゆれており

 酸漿の鳴る空修理しなければ

 理科室の純粋な砂糖黄落す

 「意味」より前に、言葉じたいが本来持っているのは、抽象的で立体的な「イメージ」である。ゆれる「天衣無縫」や空を「修理」することなどは、言葉本来のイメージの広がりをたくみに組み立て、活かした表現である。「純粋な砂糖」は意味として指し示される具対物があるのだが、同時に「純粋」という言葉が強いイメージを喚起する。 「花合歓」の句のおおらかさ、「酸漿」の句の繊細さ、「理科室」の句の透明感、どれをとってもこしのさんの言葉に対する感受性の確かさを保証するものと言える。

 ゆく秋のリュックの古本とがります

 静かに暮らし屏風剥落すすみけり

 これらのような、鋭くてユニークな感覚による、叙情的な作品にも惹かれた。

 赤羽の虹のよく出るプラットフォーム

 最初通り過ぎた句であったが、赤羽駅のホームに実際に立ったとき、この句との不思議な一体感を享受することができた。

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「天空」と大谷 清氏の俳句作品(1997)
→「現代定型詩の会」

 文章においては、イメージを無限に拡散させようとする複数の単語が、互いに意味を限定しあうことによって、合目的的な「意味」を持つものである。
 しかし、広義の詩においては逆にそのような意味をできるかぎり拒否し、単語のイメージを拡散させることを目標にしてもよいと思う。
 中でも俳句という詩型はその形式の不完全とも言える短さゆえに、その目標にふさわしいと言えるかもしれない。
 大谷氏の作品は現代俳句における、「意味」との癒着を引き剥がす、という試みにおいてひとつの到達点を示していると思う。
 たとえば昨年亡くなった攝津幸彦氏の

  かくれんぼうのたまごしぐるヽ暗殺や  攝津幸彦

  といった句がドライに意味を否定しようとしているのと対称的に、大谷氏のつぎのような句は感覚をウエットで叙情的でありながら、意味からはなれようとしている。

 今日麻酔は孔雀のあたりであります

 攝津氏の作品は、助詞を正しく使いながら接点のない名詞や動詞を組み合わせることによって、意味性を否定するにいたっているのだが、大谷氏の作品はそれとはまったく反対のアプローチであり、叙情的につながりを持ちそうな単語を揃えながら、助詞などの働きを狂わせることによって、単語のイメージを限定することを避けようとしている。
 今回の作品は「天空」と名づけられたが、普段の大谷氏の作品と比較して、よりわかりやすく、より読者が物語を託しやすくなった分、開拓精神そのものは薄められてしまったようである。いづれにせよ大谷氏の意味、あるいは意識をとおりこして言葉に直結した感性、あるいは官能といったものからきていることには違いない。

 牡丹急流あまりに天空であり

 「牡丹急流」というのは牡丹の花に急流を配した実景であったり、「牡丹」という名の急流であったりもするが、それ以前に「牡丹」という言葉それ自体のもつイメージの急流である。 その圧倒的な陶酔には、やはり圧倒的な「あまりに天空」というイメージの威圧感がふさわしいのだが、屈折が少ないところが物足りないとも思った。

 万緑の黒さの柔軟あるなり

 万緑の力感溢れる緑は、光合成として生命の根源的な力を生み出すものである。また、すべての光を吸収する黒の色は、その貪婪さゆえに悪の象徴になった。しかし、「柔軟」な黒は黒人の筋力のイメージをも喚起する。万緑の可視の色は緑そのものだが、一方で不可視の黒い万緑が存在していると感じた。

 透視すれど揚羽蝶のゆさぶらる

 透視するというのは凝視することの延長線上にあると思った。見つめることじたいの目標が対象との一体化であるとして、それが成就したときその対象は視界から消える。揚羽蝶とひとつになったときに何ものかにゆさぶられる気がしたという読みを試みたが、それでは発想がありきたりである。やはり透視は成就せず、揚羽蝶はただゆさぶられているととったほうがリーズナブルであろう。「透視」がとても効果的である。

 われとっくに躑躅呼吸に入るなり

 全身を化合物のような色の生殖器におおわれた躑躅は、見ていて決して気持ちの良いものではない。「躑躅呼吸」という一体感の表明の仕方は大胆でもあるし、躑躅の字面の奇怪さはひとつの屈折となっている。

 浜ひるがおの空気抵抗の生まれの

 ひるがおの異界的存在感は加藤郁乎の「ひるがおのみえるひるすぎぽるとがる」や三橋鷹女の「ひるがほに電流かよひゐはせぬか」といった句によって表明された。 「浜ひるがおの空気抵抗」はその存在感を表現しているが、「の生まれの」と言っているのは作者のアイデンティティーの表明か。 あるいは、浜ひるがおというものがそもそも空気抵抗から生まれたということだろうか。 「〜の」の繰返しによる円環構造が意味を限定することじたいを拒んでいる。

 物質的の馬はみどりになってゆく

 物質の馬でなく、「物質的」としたことでこの馬は異世界の存在たり得る糸口をつかんだ。ただ、「みどりになってゆく」というのは意外性を欠いているし、意味も限定されてゆくようだ。

 牡丹ふとわれは雲にんげんにて

 「われは雲」と言うと強すぎる感傷になるのかもしれないが、「雲にんげん」と言うことによって、なにか得体の知れない滑稽な存在をおもわせて楽しい。 牡丹を見ている自分が「雲にんげん」になったのであろうか、牡丹そのものが「雲にんげん」になったのか。あとの読みはちょっと無理があるが、どちらにしても面白い句だと思った。

 一連の作品から、植物などの他者と自分の境界線を消すような、一体感を求める気持ちが強く感じられた。こうしたエロス感は大谷氏の作品全般に通じるテーマとも言えよう。 「天空」はよくも悪くもその主題が、いつもに増して強く意識されていると思う。

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